犬と暮らす人

2011年1月まで、ラブラドール・レトリーバー「タイスケ」と暮らしていた、表はフリーのシステムエンジニア、裏はなんちゃってジャズギター弾きの日常。

他ならぬ 私の神を 感ずれば

オレは、基本無宗教だが、「困ったときの神頼み」的な神様は居るんぢゃないかなぁ、と思っている。

10年程前の話。当時属していたソフトハウスの社員旅行で札幌に行った。その年の旅行は例年と違い、東京、大阪、広島と云う各拠点の社員が一堂に会するものだった。
オレはその頃東京本社勤務だったが、常駐先の千葉の現場には一人で出向しており、社内に心安く付き合う同僚と云うものが残念ながら居なかった。むしろ転勤前に属していた大阪支社の連中の方が気心が知れていたので、ホテルで各拠点の社員が合流すると、オレは懐かしい大阪支社の連中と行動を共にしていた。

1泊2日の旅行の二日目。大阪時代の先輩や後輩と、北大キャンパスや大通り公園を観光し、うに丼を食い、お土産を物色する内、連中が帰阪しなければならない時刻になった。新千歳から伊丹へ帰るので、羽田へ帰る東京本社社員のオレとはスケジュールが違うのである。

連中と別れ一人になって大通り公園をブラブラしながら、オレのスケジュールも確認しておこうと思い、総務が作成した旅の栞を開いた。ホテル集合18時、新千歳へ向かうバスの出発時刻18時半。
時刻は16時過ぎ。まだ余裕がある。オレは狸小路商店街に向かい、またお土産を物色していた。しばらく歩き、パチンコ屋の前を通りかかったので、オレは時間つぶしでもするかと考え中に入った。台を選び打ち始める。程なく大当たりがかかり、8連荘となった。銀色の玉がどんどん千両箱に溜まっていく。シサシブリの大当たりで、オレは浮かれて打ち続ける。

ようやく終了。結局4万円儲かった。旅の恥はかき捨てぢゃないが、札幌でパチンコ勝ち逃げとは気分がいい。大通り公園をブラブラと、ホテルまで約30分の道程を歩いて戻る。ふと時計を見ると7時20分。あーまだ間に合う。集合まで40分、出発まで1時間以上ある。何気なく、旅の栞を開いてもう一度時間を見る。ホテル集合18時、バスの出発時刻18時半。

18時? 今は? 7時20分。19時か。18時? じゅう・・・、はちじィ!? 集合、8時ぢゃなくて18時ぃ!? 6時ってことか!? 今は!? 7時、てことは19時20分!? ぷらぷら歩ッてる場合ぢゃないッ! 1時間前にバス出てるんぢゃないか! もうお分かりだと思う。全く情けない話だが、18時を8時と勘違いしていたのである。オレはすぐにタクシーを拾いホテルに向かった。

ホテルのロビーには、当然のごとく誰もいなかった。フロントマンに聞いても「ああ、K社の方々でしたら、1時間前に出発されました」と答える。がたがた云っても始まらない。フロントに預けていた荷物を受け取り、時間の確認をしようとすると、ロビーの奥から一人、見たような顔がこちらにむかってくる。たまたまホテルで同室だった後輩社員だ。「あれ? マツヨシさんどうしたんです? あわてて」「お前、何悠長なこと云うてんねん。今何時や思てんねや!」「エ? だって集合時間、8時でしょ」 ダメだ、こいつもオレと同じ勘違いをして、しかも未だ気付いてない。「8時ちゃう、18時や! もう皆バス乗って空港行ってもうてんねや!」「エ?」 オレはフロントマンに確認する。「すいません、札幌から新千歳まで、快速で何分かかります?」「そうですねぇ、40分くらいでしょうか」 今が19時半、タクシー飛ばして札幌駅到着が19時40分、19時50分発の快速があれば20時半には空港に着く。搭乗予定の飛行機は20時50分離陸、20分前には到着出来る! 「××! 急げ! タクシー乗るぞ!」

ホテル前でタクシーを拾い札幌駅に向かう。19時40分に到着、切符を買い、行き先表示板を確認すると19時45分発新千歳行きがあった。「急げ! これ逃すな!」 後輩社員を叱咤して飛び乗り、19時45分、新千歳へ向けて列車は動き出す。これで一安心、と思っていると車内放送が流れた。「本日は、新千歳行き各駅停車をご利用頂き、誠にありがとうございます・・・」 ・・・各駅停車? 快速ぢゃなくて? 各駅って、ひと駅ひと駅停まって行くわけだ、各駅だもんね。各駅・・・。
まずーい! 快速で40分の距離なら、各駅だと1時間はかかるんぢゃないのか!? 19時45分発だから、1時間として新千歳着は20時45分。離陸予定の20時50分まで5分しかない! 5分で列車を降りて、改札抜けて、カウンターでチケット買って搭乗なんて出来るのか!? なんでもいいから、1分でも30秒でもいいから、定刻より早く着いてくんないか、頼むから!

オレと後輩の心とはうらはらに、各駅停車はちんたら走り、律儀に各駅停車し、途中の駅では時間調整で長々と停まったままでいたりした。停まってるんなら行けよ! 飛行機逃したら、どうやって東京帰りゃいいんだよ! ここは北海道だぞ、津軽海峡越えないと、陸続きで東京に戻れないんだぞ、明日の月曜、会議があるから戻らなきゃなんないのに、とにかく何でもいいから空港行ってくれよ! 津軽越えられたら、あとはどうとでもするからさ、海越えさせてくれよ!

どうにもならないことがわかっていながら立ったり座ったり走ったりしていたが、列車は定刻通り20時45分、新千歳空港に到着した。ドアが開くなりオレと後輩は飛び降り、階段を駆け上がり、改札を抜け、チケットカウンターへ直行した。会社の人間は誰も居ず、チェックインするには自腹でチケットを買わねばならない。オレは1万数千円のチケットを買い、チェックインゲートに向かった。そこにようやく総務の社員が待っていて、オレと後輩はどうにかこうにか、離陸に間に合ったのであった。

後々考えたら、自分でチケットを買うと云うことが出来たのは、パチンコで勝っていたからだった。タクシー代や電車代も含めて、余計な出費がそれのおかげで賄えたのだ。

そのときしみじみ思った。これは神様の仕業だと。普段そんなにやることもない、やったとしても滅多に勝たないパチンコで4万も儲かったのは、「なァお前、今、気ィよォパチンコしとるけれども、集合時間に遅れとるンやで。このままやったら、帰られんようになるで。今はパチンコで勝たしといてやるから、それで自腹でチケット買うて飛行機乗ることになるから、肝に銘じときや」と、神様がご利益をくれたのだと。

きっと神様は居るのだ。世界を変えてしまうような奇跡が起こることは決してないが、小さな幸せや小さな罰を与える、分相応な神様が。

オレの中にも、あなたの中にも、一人ずつ居るのだ、きっと。