犬と暮らす人

2011年1月まで、ラブラドール・レトリーバー「タイスケ」と暮らしていた、表はフリーのシステムエンジニア、裏はなんちゃってジャズギター弾きの日常。

特命は まぢめに 只の 娯楽作

昼から、お袋と車で出掛ける。
親父の服を、お世話になっていた介護センターに寄贈しに行き、ペットショップを覘いて猫を見てきた。お袋は、「猫は見据えるからちょっと・・・」と云う、いまいちぴんとこない理由で、飼うことには消極的。でもまあ、今すぐどうこうと云う話でもないし、犬を買う時だって、初めは乗り気でなかったお袋も、今じゃすっかり、タイスケをバカっ可愛がりしてるんだし、飼っちゃったら変わるんじゃないだろうか。

帰りにスーパーにより、食材を買って帰宅。シサシブリにタイスケを連れて散歩。歩いて10数分のところにある菩提寺まで足を伸ばし、寺の裏山の墓地の、親父の墓石を見せてやる。タイスケはきょとんとしている。お前が好きだった親父だぞ。もう少し愛想よくしてやれ。

晩飯に鍋を食い、風呂に入って、9時からは「特命係長 只野仁」を観る。このドラマは大好きだ。深夜枠の放送の頃から、バカバカしさと分かりやすいカタルシスで、気楽に楽しめるドラマだ。
しかし、世間には野暮な輩も居るようで、今日の朝日新聞ラテ欄の紹介記事に、

「男性があこがれるという、現実味の薄い状況を描いた娯楽ドラマ。
(中略)
事件の本質がなかなか見えてこない割に、終盤の展開は急すぎ。
このドラマは、女性たちが露出するお色気や只野たちのコミカルな変装、アクションシーンがあるから飽きられないようだ。そういう期待は出来ても、まじめに批評するものではない。」

とあった。「まじめに批評するものではない」ってなんだよ。このドラマは、まじめにふざけて創られた、大人が楽しむドラマだ。そこは、全くまじめに評価できる部分じゃないか。その本質を外したこう云う意見は、はっきり言って恥ずかしい。新聞記者なんてこの程度のもんなんだよな。