犬と暮らす人

2011年1月まで、ラブラドール・レトリーバー「タイスケ」と暮らしていた、表はフリーのシステムエンジニア、裏はなんちゃってジャズギター弾きの日常。

始まり

親父の葬儀、骨上げを終えた。

10時から葬儀。身内の者だけでの葬儀だったので、1時間もかからぬ内に終わった。
火葬場は、家から車で5分程度と、ごくごく近くにある。車で向かい、棺を納め、1時から骨上げと云うことなので、一旦帰宅。軽く食事をしてから、改めて向かった。

炉から出された棺は綺麗に燃えていて、親父の姿はすっかりなくなっていた。火力が強い所為か、骨も、人型を残すのではなく、大腿骨や肩甲骨や骨盤などは、形がいくらか残っていたが、肋骨や頭蓋骨は、すっかりばらばらになっていた。
人型が残っていたら、また思いも違っただろう。これでよかったと思う。
骨壷に骨を取り上げ、自宅に持ち帰った。しばらくすると、和尚さんがやってきて、初七日の経も済ませて下さった。
それも終え、お手伝い下さったご近所の方にもお礼を云って、ようやく一通りの事柄が終わった。

食卓で休んでいると、お袋が、市役所からの通知を渡してきた。
世帯主の変更等の手続きをする旨の通知である。
それを見て、改めて、これで終わったのではなくて、何もかも、ここから始まるんだなぁ、としみじみ感じた。

和尚さんが、こんなことを仰っていた。

「これで、徹さんもお分かりにならはったはずや。これまで、葬式のお手伝いとかされたこともあるやろうけど、何から何まで自分でおやりになったのは初めてやろ? これからは、気持ちも変わらはるはずや。誰かが亡くなって、言葉をかけるときに、心の中から出てくる言葉は、今までとは違うはずや。
人は、なんぼエラそうに云うてても、自分の死亡通知書、自分で出しに行かれへんやろ? 一人で生きていく、誰の世話にもならん云うたかて、最後の最後は誰かの世話になりますのや。それが、徹さんはよう分からはったはずや」

そうだ。結局、人は、誰かの世話をし、誰かに世話を掛け、誰かと共に生きていくのだ。
親父を送り出して、オレはようやく、そのことをはっきりと思い知った。

親父を送り出す、諸々の事柄は終えたが、これは全ての始まりなんだ。
四十二にもなって、もうすぐ後厄も明けるというのに、改めてそんなことに気付くなんて、ドジな話だが、これこそが始まりなんだと思う。

明日はゆっくり休んで、新しい、生まれなおしの人生を、改めて始めることにしよう。