ラブを飼い バイオリンを弾く 中学生
夕方。タイスケの散歩も行き終え、部屋で高校野球を観ながら、ギターを弾くともなく抱えていると、階下からお袋が呼ぶ声がする。
晩飯には早い時間。なんだろうと思うと、
「楽譜立てあったやろ? ちょっと持って降りてきて」
ははあ、タイスケをきっかけにして、お袋と友達になった、近所の中学生、サエコちゃんが来ているのか。
バイオリンのお稽古の帰りに、ウチに寄ったので、お袋が、「一回弾いてみせて」と頼むと、「ええー。弾いてもいいけど、楽譜立てがないと弾かれへん」とのこと。
サエコちゃんにしてみれば、楽譜立てなんか、そうそうあるはずがない、と思っての返事だったのだろうが、お袋は「楽譜立て? あるある。おじちゃんが持ってる」と、大喜びでオレを呼んだらしいのだ。
さあ、こうなったら、サエコちゃんも逃げられない。ケースからバイオリンを取り出し、今練習しているソナタの楽譜を広げる。
「見られてたら弾かれへん」と言いながら、数ページのソナタを弾いてくれた。
初めは緊張もあるのだろう、とっちらかっていたが、だんだん流れが出てくる。高音をあやつるのに、ちょっと苦戦。それでも、8年も稽古してるだけのことはある。
ちょっと面白かったので、青本を持っていき、「初見の楽譜って弾ける?」と聞くと頷くので、「Fly Me To The Moon」を弾いてくれるように頼んだ。勿論、こっちはギターを持ち出し、コードを弾く。ちょっとしたセッションである。
お袋は、横でニコニコしながら聴いている。青本通り、律儀に弾くサエコちゃん。
「バイオリニストになんかなられへん」とサエコちゃんは云うが、音楽を楽しめるのは、とっても豊かなことなんだよ。大人になってからも、様々に音楽と付き合ってる人々を、オレは知ってる。みんな、素敵な人たちなんだ。
どんな形であれ、音楽を楽しみ続ける人でいつづけてほしい。
あ、それから、犬を愛する子でいてね。黒ラブ、ロデムを飼ってるサエコちゃん。音楽と犬を愛する人は、世界で一番幸せな人だから。
いつか、サエコちゃんがセッションに来てくれるといいなぁ。その日を心待ちにして。
ジャズバイオリンって、カッコイイでしょ?