犬と暮らす人

2011年1月まで、ラブラドール・レトリーバー「タイスケ」と暮らしていた、表はフリーのシステムエンジニア、裏はなんちゃってジャズギター弾きの日常。

この世界で 一番怖く 好きな人

水曜から、短期の検査入院をしていた親父を迎えに行くため、今日は一日、休暇を取った。

学徒出陣して海軍に入り、特攻の訓練を受けたことのある戦中派の親父は、、オレにとって、厳格な、怖い存在だった。
怖いのだが、どこかズレている。家族を愛しているのだろうが、不器用な、愛し方が下手な人なのだ。

小学校の社会科の授業で、「お父さんはどんなお仕事をされているのか、聴いてきなさい」という宿題をもらい、親父に質問すると、今思えば税吏だったんだから、「税金を集めている」とか「税務署で働いている」とかいえばいいものの、「人のお金を集める仕事だ」としか言わない。仕方がないので、授業でそのように答えると、クラスメートから、「おまえの親父は泥棒だ」などと囃したてられ、悔しい思いをしたことがある。

プロ野球を観に行きたいとねだると、間違いなくタイガースファンなんだから、甲子園に連れてってくれればいいのに、阪急電車に乗せられて京都方面に向かい、西京極球場ブレーブスの試合に連れてかれたことがあった。当時のブレーブスと云えば、西本監督の頃だ。福本、大橋、長池、加藤英、山田、足立。玄人好みの渋いチームだが、小学生に、そういう面白さは伝わらない。内野に、後にジャイアンツで通訳を務める、ボビー・マルカーノがいた。場内アナウンスで、「マルカーノ」というコールが流れると、外国人が日本の球団にいるだなんて、夢にも思わないオレは、「丸河野」という名前の選手がいるのだ、と思っていた。

とにかく、家族を愛しているのは間違いないんだろうが、それをストレートに出さない。そういう諧謔は、つまり照れなんだろうけど、子供は理解できない。結局、優しさや愛情を素直に受け止められず、父親は怖い人、というだけの存在になってしまった。

病室に行くと、居眠りをしていた。お袋が起こし、「誰が来たか分る?」と聞くと、声を出さずに、「お母さん」と口が動く。「私だけ違うでしょ。あと、誰が来てる?」とお袋が聞くと、やはり声を出さずに「徹」と口を動かし、「声を出さんとダメって、先生にも言われてるでしょ!」とお袋が叱り、照れくさそうにうなずいて、ニッコリ笑う。

検査の結果は、特に悪いところはない、とのこと。ただ、本人の気力が萎えていて、食事もあまり取らない、気が付けば横になる等、一緒に暮らしている者としては、負担がかかる状態。
本を読んだり、字を書いたり、映画を観たりということに、もう少し気を張って取り組んでもらいたいところなのだが。

ただ、やはり気は優しい人なのだ、車椅子を押して病院の廊下を進んでいくと、すれ違う看護師の方に、片手を上げて挨拶していく。こういう可愛いところもあるんだから、もう少し、お袋の気苦労も考えてやってくれよ。

明日は、千里・ビーフラットでのセッションなのだが、お袋が、聴きにいってみたいと云っている。親父も、行って来いとお袋に云ってくれている。
ただ、夕方から夜まで、親父を一人で家に残しておくのはいかにも心配なので、妹夫婦に様子だけ見てもらいに、明日夕方に来てくれないか、と頼みに行った。妹夫婦は、ありがたいことに、快く引き受けてくれた。

親父に、演奏を聴かせてやれる、なにかいい方法がないものかなぁ。