犬と暮らす人

2011年1月まで、ラブラドール・レトリーバー「タイスケ」と暮らしていた、表はフリーのシステムエンジニア、裏はなんちゃってジャズギター弾きの日常。

「容疑者 室井慎次」

云わずと知れた、「踊る大捜査線」のスピンオフ作品第2弾。春の「交渉人 真下正義」が、大ヒットを記録したこともあって、期待も大きかった。「踊る」らしい、観客の渇望感を煽る、小出しの宣伝も功を奏し、土曜の9時というレイトショウながら、観客は随分入っていた。昼間行ったら、立ち見だったかもしれない。
「踊る」には、テレビ版の頃から、2つのラインがあって、ライトでスピーディーな本広ラインと、丁寧でシリアスな雰囲気が強い澤田ライン。澤田鎌作氏が演出した、オリジナルシリーズの第10話(真下が撃たれる回ですな)や「歳末特別警戒スペシャル」なんかが、本広作品と好対照に存在していたから、「踊る」の世界が深まったのは間違いない。ところが、「MOVIE 1」「MOVIE 2」「交渉人」と、何れも本広演出で、ライトな部分が強調された作品が続いた為に、今回の「容疑者」には、面食らった人が多かったのではないか、と思う。実際、ネット上の感想サイトなんか見ると、否定的な意見も随分見かける。しかし、最初期からのオリジナルキャラクター、室井慎次を丁寧に描き、湾岸署の面々を一切出さない(実際には、スリーアミーゴスについては、ファンサービスとして一瞬登場するが)ことで、全体像としての、「踊る」本来の姿が見えてきたと思う。一連の作品として位置付けた場合、これは有りだ。
ただ、劇場用作品となると、作品個々の評価というものも当然出てくる。「容疑者」はその点で、演出者としての君塚監督の、未熟さが見える作品でもあった。冒頭の、新宿での追跡シーン(この新宿の街が、オールセットだというのにはオドロキ)は、スピーディーで緊張感もあって、なかなかの出来だと思うのだが、オーラスの新宿北署での擬似裁判など、教会をモチーフにしたセットの外連味が強すぎて、少し食傷気味にはなってしまう。君塚氏ではなく、澤田監督だったらば、もっと落ち着いた、それでいて緊張感漂うシーンに撮ったのではないか、と思う。
役者は総じて素晴らしい。「交渉人」でのアリキリ・石井くんのような、ハズした人はいなかった。哀川翔は、ポジションとしては、「交渉人」の寺島進にあたるのだが、寺島氏の素晴らしさは残念ながらなかった。とはいえ、ツボを抑えた好演。青島ばりに、室井とともに捜査に出るエピソードがあって、実は物足りないのだけれど、これは脚本と演出の問題だろう。哀川氏としては、古い戦友柳葉氏との共演が、楽しそうだった。八嶋智人はあと一歩のところでハズさない。この辺りはさすが。「踊る」常連はまあいいとして、佐野史郎吹越満柄本明が素晴らしいのは言うまでもない。田中麗奈は、色気を全く出さず、真っ直ぐな新米弁護士を好演。元々、あまり色気を感じさせない女優だけどね。キャラにあった、等身大の好演でした。そして、なんといっても素晴らしかったのは、新人時代の「MOVIE 1」以来の登場となった、木内晶子! 確実にキャリアアップしてみせた若き実力派が、男を惑わせ、現実を受け入れない気味悪い美少女を怪演。君塚氏の意図した、ライトではないもう一つの「踊る」の側面を、見事に支えてみせた。
「交渉人」ほどのダッシュ力は無いかもしれないが、スピンオフ作品として、見事に表裏一体をなして見せた「容疑者」を、オレは一定に支持しておきたい。